社長ブログ

  代表取締役社長 兵頭喜文(Harry)の
 
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第20話 僕の駐在員時代 アメリカ編 その三  March/2010

出迎えられてつれていかれたのが、独身寮。K大サッカー部出身のN君と二人、眠いから早く寝かせてとは思いつつ、当時LAの工場長だったおっさんから延々駐在員の心得なるものを聞かせられやっと就寝。独身寮といっても、4LDKくらいの家を一軒借りて、独身者その当時10人くらいいたかなぁ---- 、と共同生活。部屋も二人部屋で僕はシンガポールからの研修生と相部屋。
英語が全く通じない。僕の英語のレベルもしれたものだけど、相手はシンガポールのチャイニーズ系で、独特のイントネーションの上に、語尾になんとかラー、なんとかラー、ってラーばかりがやけに耳に残る。しかもこいつは毎晩大いびき、眠れないので翌晩から耳に耳栓。
寮自体はよい場所にあって(LAから東へ40分くらい、ハリウッドも近い、UCLAも近い、ゴルフ場は一杯あるし)、気候は温暖、仕事がなけりゃゆうことなし。そううまくは行かないのが世の中の常でして-------。
翌日日曜日は朝7時に起こされて、庭の芝刈りからスタート。そして買い出し。一週間分の食料を買いだめして冷蔵庫に保管。寮生活なので我々若い二人は毎日食事当番(次の若い駐在員がくるまでの宿命)。
そして月曜日、朝5:00起き。僕ら二人は7人分の朝食をつくり,皆に食べさせて6:30頃車に分乗して工場に向かいます。
そしてまた、いきなり研修スタート、K大出身の彼は旋盤切削、小生は品管で計測機のセットアップや工程管理。現地のワーカーたちはシフト制で、7:00から3:00の組みと、3:00から10:00の組み。我々駐在員(駐在員といっても駆け出し)は、早くともPM9:00までは工場に残ります。
そして寮に帰りついたら、ほぼ毎日10:00。それからまた、10人分の夕食作ってかたずけて、研修レポート毎週書かされて、折角アメリカ来たから英語の勉強もちょっとはしようと、TV見て、AM1:00に寝て、AM5:30起床という日々がこれから2年程続く事になります。

馬鹿野郎、こんなはずじゃなかったぜ。だまされたかなぁ------。K大出身のN君とは毎日愚痴ってましたね。英語勉強してこんな会社直ぐにおさらばしてやるぜと二人で固く誓いあっていましたが、言葉が通じなくて苦しんで、なんとかしようと思っているうちにいつしか月日は流れ気がついたら早2年。その時の月収が多分360ドルくらい。確か一ドル、230円位だったけど、それでもひどいよね。車ななんか自前ではとてももてず。不便極まりなし。
そのうち、別の駐在員事務所に欠員が出来て、二人とも別々にこの場所を去るのですが、いやぁ~~~~, こんな経験すると何処いったって勤まりますって気にさせてくれます。それが最大の財産かな。
この後、小生のヨーロッパ編があるのですが、それはこれよりきつい。いずれまた、お話する機会もあるでしょう。

Harry

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