代表取締役社長 兵頭喜文(Harry)の社長 ブログ |
‘お客様、こちらのほうでよろしかったでしょうか’などというしゃべり方を耳にするようになったのは一体どのくらい前だろうか?もうずいぶんたつから、あまりTVや週刊誌でも話題にしなくなってしまったような気もします。まさか自分の会社にこんな言葉使いする奴はいるわけないと思っていたらとんでもない。いるんですね、これが------。恥ずかしい事このうえない。もしかしてお客様の前でもそんなしゃべり方をしているのかと思うと、営業トレーニングどころか社会人の話し方まで教えねばならぬのかと冷や汗ものです。
実は10月におこなわれた日環協の会合でも、司会者の中にこんな言葉使いをされている方がいらっしゃって、がっくりきた記憶があります。
もちろん言葉は時代に応じて変化をしてゆくものです。現代に江戸時代の言葉で話している人はいないわけだし、英語だってシェークスピアの時代と今では、ずいぶん変わっています。文法も単語も言い回しも。さりとて、毎日近所のコンビニでたばこ買ったりジュース買ったりするたびに、‘千円からでよろしかったでしょうか?’と言われたひには、思わず‘違う、俺からやろう(大阪弁=俺から預かったという意味)’と叫びだしたい衝動にかられます。コンビニならまだ従業員の教育も満足にできていないのだから仕方がないのかと思ったりもしますが、赤坂や有楽町あたりのやや高めの飲食店でも耳にする事があるのは何故(もちろん、ちゃんと喋れる人も中にはいるのですが)? もしかしてマニュアルに書いてあったりしたら怖いよね。
同世代の周りのみんなが使うから、それを疑いもせず正しいと思って使ってしまう?ちょっと考えようよ。
言葉は相手に何かを伝える為の手段、言葉を聞いた相手が理解できるかどうかと正しく伝わるかどうかが大切なんじゃないのか?もちろん‘こちらのほう’‘よろしかったでしょうか’でも意味は伝わるんだけど不快感を持つ人が多いのも事実。これで客商売成り立つかしらね。もし成り立つと思っているならすぐにでも店の看板外したほうがよくはないかな? ‘ほっといてくれって?’ロクな従業員もいないし人はなかなか集まらないし、教育の時間もないしは言い訳にしか聞こえない。せっかく美味しいもの食べても、良いお酒飲んでも、そんなお店には二度とはいきません。おっと、もちろんうちの社員もちゃんと教育しなくては---------。
もうひとつ挙げると、例えば‘なので’。本来から言えば‘xxx ですので’とか‘xxx ですから’というのが正しい敬語。ところが最近ではTVの女子アナまでが、ニュース番組で平気で‘なので’と使っていて注意されている節がない。もはやこれも定着してしまったのか。実に恐ろしいマスコミの悪影響。そういう私も会話の中で‘なので’をちょっと違和感を感じながらも使ってはいます(まあこれは許せる範囲か)。
こういう風に書いてくると、相手から発せられた言葉をどうとらえるかかは個人差が大きいという結論になるのですが、‘ほうほう族’と‘よろしかったでしょうか族‘ は、まだ僕のなかでは市民権をもっておらず美しい日本語を守る為に対抗勢力になる事もやむなし。
もし、二十年後にこのブログか文章かが残っていて、先見性のない奴と笑われる事になったとしても後悔は致しませぬ。
Harry